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一日一草 ~ヒツジグサ~

シリーズ始めました。
いつか書こうと思いつつ、夏場に記事にしなかった花たちの雑記帳ですが…

今年もフィールドシーズンは終わり、あとは当分卒論作成に専念するのみ。なので相変わらず面白い話は書けませんが、気分転換に書いていこうかと思います。

記念すべき?シリーズ第1話、今日は「ヒツジグサ」。
姿は知らないけど名前は知ってるよ!っていう人も多いのではないでしょうか。
ハスと勘違いされることも多いスイレンの仲間で、カエルが乗っかっていそうな葉っぱを水面に浮かべ、クリーム色のキリっとした花を咲かせます。

そういう僕も、幼い頃母に貰った植物図鑑で名前を知って、いつか見てみたいと思っていた、思い出の花です。思えばあの図鑑、母のお下がりだったということは、半世紀近く前の本だったことになるなぁ…

そんなヒツジグサですが、二十歳過ぎにして今年初めて野生に出会うことが出来ました

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それは、意外にも市内の側溝の中に咲いていました。
地域的に考えて近所には無いだろうと思い込んでいたし、しかも生えていたのがドブっぽい場所だったので、見つけたときは目を疑いました。
文献では、溜め池や池塘に生育すると書かれているので、今までそれっぽい場所に行っては注意して見ていたのに…

灯台下暗しとは、まさにこの事です。

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全体像はこんな感じです。
何だか余計にシチュエーションが分らない構図ですが、泥炭が露出した素掘り側溝に、ひたひた状態で葉を広げています。昼間の僅かな時間しか開花しないので、見頃に立ち会えたのはラッキーでした。大学の講義の後、ふらりとサイクリングしているところ見つけたので、呼ばれたのかもしれません(笑)

しかし、溜め池でも池塘でもなく、水も殆ど無い場所に、何故こんな水草があるのでしょう?

昔、札幌の辺りには日本最大規模の湿原があったといいます。石狩湿原と総称される巨大湿地帯でしたが、地図を見てもそんな場所はどこにもありません。ここ数十年の間に農地に開発され、更には住宅地になったりして、今ではすっかり忘れ去られてしまった、幻の湿原となってしまいました。平地なのに市街化調整区域になっている場所のいくつかは、湿原の核心部だった場所で、排水や地盤に難があるために、あまり手を付けられずにいる場所もあると聞きます。


しかし、自然や生き物は、意外としたたかなもの。
生き延びられる環境がわずかでも残っていれば、いつかまた繁栄できる時が訪れるまで、細々と生き残っていたりします。あるいは、自分たちの世代が滅びたとしても、未来に生きられる環境が復活することを願って、タイムカプセルのように種子を遺してゆくものもいます。(この辺りの世代感、見習うべきですね、、)

きっと、このヒツジグサたちも、そんな幻の湿原の生き残りなのでしょう。
よく考えれば「溜め池」というのも、山間部で農耕をするための水源として掘ったものが大半なわけで、溜め池を作れる以上は安定した水源≒湿地があったはずです。
ということは、ヒツジグサが溜め池を好むのではなく、ヒツジグサの自生地が溜め池にされてしまったと考えたほうが自然なのかもしれません。

ヒツジグサに限らず、本州以南で一般的に言われている水生植物の生育環境と、北海道での生育環境にはズレがあることが多い気がします。それは、古くから人間の生活空間になじみつつ、それなりに繁栄してきた本州の植物たちと、原生的な環境に生きてきたところを、ある日突然住処を奪われた北海道の植物の違いなのかもしれません。
つまり、北海道の湿原で見られる姿のほうが、その水草本来の生育スタイルを表しているんじゃないか?と思えてならないのです。

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水中をよく見てみると、今年生まれの実生苗が沢山生えていました。
まだ水中葉ですが、親の葉と同じ姿をしています。

珍しい植物や、減りつつある植物を見つけたときには、必ずタネから芽生えた実生苗がどれくらいあるか観察することにしているのですが、ここのヒツジグサは順調に増えているよです。

身近にこんな植物が生き残っていることが嬉しい反面、開発などで完全に消滅してしまわないかどうか、不安が入り混じる複雑な気分になります…

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